東京高等裁判所 平成10年(う)1849号 判決
被告人 宮本一已
〔抄 録〕
所論は、要するに、本件大麻の捜索差押手続は違法であるから、本件大麻及びその鑑定結果は違法収集証拠として証拠から排除すべきであるのに、原判決が、これらを証拠に採用し、被告人の有罪を認定しているのは違法である、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討する。
一 まず、本件大麻の捜索差押えの経過をみると、関係証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 平成九年三月二〇日明け方ころ、被告人は、原判示の千葉市稲毛区轟町一丁目三番二一号付近路上(以下「本件現場」という。)の真ん中にベニヤ板を置いて、その上に仁王立ちになり、「信号が青、タクシーはライトを消せ、・・・が攻めてくる。」などと意味不明のことを言っていたため、近隣住民の通報により、同日午前五時五分ころ、千葉中央警察署勤務の警察官四名が本件現場に駆け付けた。その際、被告人は、駐車中の被告人が使用していた普通貨物自動車(以下「本件自動車」という。)の荷台に立ち、「何だこのやろう、ばかやろう、光を青に変えてやる。」等と言って、下にいた警察官に足で蹴り付けるようなことをして暴れており、警察官らは、警察官職務執行法三条一項に該当するとして、同日午前五時一五分ころ、保護手続に着手し、被告人をパトカーに乗車させ、本件自動車の荷台にあったバッグにその付近に散乱していた被告人の免許証や現金等を入れてパトカーに乗車し、同日午前五時三〇分ころ、千葉中央警察署に着き、被告人は、同署に保護された。
2 警察官らは、被告人を保護した後、本件自動車が駐車禁止と指定されている交通頻繁な市道に駐車されており、そのまま放置できないことから、橋本警部補、宮崎警部補、重共巡査部長が本件現場に行き、移動させるため、施錠されていた本件自動車の鍵を探したところ、重共巡査部長は、本件自動車の荷台のベニヤ板の下から原判示の金色の缶を見付けた。その缶の蓋を開けたところ、右缶の中には、ビニール袋に包まれたお茶っ葉様のものがあり、その下に四本の鍵のついた鍵束が見付かったので、その鍵を本件自動車に試したが、本件自動車に合う鍵はなかった。右四本の鍵は、被告人の姉の自動車の鍵や、被告人の部屋の鍵であった。
3 警察官らは、右缶の状態や、本件自動車の置かれている状況の写真撮影をしたが、本件自動車の鍵を発見できなかったので、レッカー業者に依頼して、同日午前七時二五分ころ、本件自動車を三、四キロメートル離れた前記千葉中央警察署の駐車場に運んだ。
4 千葉中央警察署において、生活安全課課長の山本警部は、同日午前八時四〇分過ぎころ、橋本警部補、重共巡査部長に生活安全課の部屋に金色の缶を運ばせ、缶の中身を確認したところ、大麻草であると判断できたことから、その大麻の押収手続をどうするか考え、被告人が「シャブをやった。シャブの売人をやっていた。」などと言っていた旨の重共巡査部長らの報告から、被告人には覚せい剤取締法違反の容疑もあるものと判断し、同日午後一時、本件自動車を捜索場所、覚せい剤を差押対象物とし、被告人を被疑者とする覚せい剤取締法違反被疑事件(被告人が覚せい剤を自己使用したとの事実)の捜索差押許可状の発付を千葉簡易裁判所に請求した。
金色の缶は、捜索差押許可状が発付されて現実に本件自動車の捜索差押えが開始される直前まで署内の生活安全課の部屋で保管された後、本件自動車の荷台に戻され、同日午後一時五〇分ころから、同警察署の駐車場において、横浜税関千葉税関支所の大蔵事務官を立会人として、捜索を実施し、その捜索で初めて発見されたかのようにして写真撮影がなされた。右捜索によっては、覚せい剤は発見されなかった。
5 山本警部は、右捜索により大麻と認められる乾燥植物が発見されたとして、被告人を被疑者とする大麻取締法違反被疑事件(被告人が大麻を所持したとの事実)につき差押許可状の請求をなし、同日差押許可状が発付され、同日午後四時三〇分ころ、その許可状による差押えを行い、本件自動車の荷台にあった金色の缶内から本件の乾燥大麻八八・九グラムが押収された。
被告人の尿の採取については、翌二一日実施されたが、覚せい剤の反応は認められなかった。
以上の事実経過が認められる。
二 以上の事実関係を前提にして本件大麻の押収手続の適否について検討する。
1 被告人を保護した手続は、警察官職務執行法三条一項に照らし適法と認められる。そして、本件自動車が止められていた場所は、駐車禁止と指定されている交通頻繁な片側一車線の市道であり、同所に長く止め置くことは、交通の妨害になるとともに事故発生の原因となりうるのであるから、本件自動車を適切な場所に移動することは、許容されるものである上、本件自動車を使用していた被告人を千葉中央警察署に保護したのであるから、保護解除のことなども考えて、車両の駐車状況、金色の缶の発見時の状況等の客観的な状況について写真撮影をした上で、施錠されていた本件自動車を三、四キロメートル離れた同警察署駐車場にレッカー移動した措置に違法な点はない。
原判決は、「警察官は、本件金色の缶を本件現場で発見し、その中に大麻草とも考えられる乾燥植物を発見していたのであるから、たとえそれが大麻草であることを確認していなかったとしても、現場を変更することなく、立会人を確保し、必要な令状の発付を受けて、現場の状況を客観的に証拠化して以後必要な措置をとるべきである。」と判示するが、本件現場に赴いた警察官は、乾燥植物が大麻ではないかと思ったが確信まではできなかったというのであるから、右判示は、相当とはいえない。
2 次に、千葉中央警察署内で、生活安全課課長の山本警部らが金色の缶の中身を点検した行為についてみるに、保護した者の所持品は、これを適切な管理をすべきところ、乾燥植物があった旨の報告を受けた同警部が、保護した者の所持品の確認行為として、自動車の荷台にあった金色の缶の蓋を開けて中身を点検することは、違法視されるべきものではない。そして、大麻に関する知識を有する同警部は、予備試験を経なくても、本件の乾燥植物が大麻であると判断できたと認められるから、その時点で発見に至る経緯をそのまま明らかにして差押許可状の請求をするならば、何ら違法な点はなく、本来そのように令状請求すべきであった。
しかるに、山本警部は、そのような措置を採らずに、被告人に覚せい剤取締法違反の容疑があるとして、同事件についての捜索差押許可状の令状請求を行い、わざわざ金色の缶を本件自動車の荷台に戻して、その令状執行の過程で大麻らしき物を初めて発見したように装ったのである。
なるほど、被告人の当時の言動からして覚せい剤使用の嫌疑が全くなかったというわけではないが、山本警部ら捜査官は、専ら本件大麻の差押えをする目的で、捜索差押えの理由・必要性の乏しい覚せい剤取締法違反事件についての捜索差押えの手続を採ったものであり、違法といわざるを得ない。
そして、右のような違法な手続により、初めて本件大麻を発見したかのように装って、大麻取締法違反を被疑事実として差押許可状を請求し、その令状の執行により本件大麻を差し押さえたものであるから、本件大麻の差押えは違法というべきである。
3 しかしながら、前記のとおり、山本警部ら捜査官が、千葉中央警察署内において、本件の乾燥植物が大麻であると判断できた段階で、大麻取締法違反を被疑事実として直ちに差押許可状を請求すれば、適法にその差押えが許容される令状が発付されたと認められ、その令状の執行によって本件大麻が差し押えられたものと考えられるから、右の違法の程度は、本件大麻及びその鑑定結果(鑑定書)の証拠能力を否定しなければならない程の重大なものではないというべきである。
そうすると、原判決が、本件大麻及びその鑑定書に証拠能力を認めて証拠として採用し、その余の挙示する証拠と併せて、被告人の有罪を認定したことに、所論のいうような訴訟手続の法令違反ないし事実誤認の違法はない。
(高橋省吾 青木正良 本間榮一)